
被災地のその後・・・
2011.12.26(Mon)~29(Thu)
8月に学校支援の派遣で訪問した大船渡市とその周辺のその後の様子や,派遣先の学校の先生や生徒たちのその後が知りたくて,車でひとっ走り,行ってきました。片道600kmは,やはり長かったですが,時間が経つのは早いもので,そんなに疲れませんでした。
岩手県大船渡市
大船渡市は,岩手県の南部に位置しています。天気予報では沿岸南部という地域に属します。地域では,「気仙」というそうです。私が宿泊したのは大船渡市のほぼ中心部,大船渡町という場所です。近所には市役所や警察署などがあります。港から川沿いの地域は津波によって大きな被害を受けてしまいました。しかし,がれきの撤去はかなり進み,更地になった場所に屋台村などができるなど,活気が戻りつつあります。
盛駅付近などは活気があり,商店街もあります。電車は走っていませんが,盛駅の待合所が,ふれあい待合所として再生し,ホームには三陸鉄道の車両が止まっていました。イベント時は中に入れるようです。
このように復興に向けて進み始めています。続いては,同じ大船渡市内でも,山を越えた,綾里(りょうり)地区,越喜来(おきらい)地区などの様子を,南リアス線に沿って写真にまとめてみました。
越喜来からもう少し北上すると,釜石市に入ります。今回は釜石市までは行けませんでしたが,釜石市も大きな被害を受けた地域です。
岩手県陸前高田市
陸前高田市は大船渡市の南側にあり,宮城県気仙沼市とも隣接しています。陸前高田市は低地の部分がとても広く,津波は3kmくらい先まで到達したそうです。陸前高田といえば,高田松原という広大な松の森がありましたが,一本だけ残ったというニュースは有名です。その松は誰が名付けたのか,『高田の一本松』と呼ばれています。
宮城県気仙沼市・南三陸町
最終日に,沿岸部を南下して帰ることにしました。気仙沼市,南三陸町,登米市,石巻市を経由して東北道に入りました。岩手県と比べ,特に南三陸町のがれき撤去はかなり遅れているように見えました。国道45号線を気仙沼線に沿って走り続けました。
間もなく2011年が終わろうとしています。でも,震災は終わりません。どんな状況なのかを知ることは必要なことですし,必要に応じた支援をすることも私たちには必要なことだと思います。ショッキングな写真ばかりですが,あえて掲載しました。これが,現実です。
私が4ヶ月前と比較できるのは大船渡市と陸前高田市の一部ですが,夜の町の明るさがかなり戻ってきていることに感動しました。信号機も増えました。また,車の交通量もかなり増えました。南三陸町も,もっと復興が進んでくれることを祈っています。
また,近いうちに行ってみたいと思います。

